甘い甘いお菓子をあげましょう。
だから早くここにいらっしゃい?

「おはよう、ハヤト」
「ん?あぁ‥おはよ、キール」
眠ぼけ眼で起き出してきたハヤトを見つめ、キールが微笑む。
「あのさ、キール」
「なんだい?」
「罠、だよね」
「???」
隣りに腰を下ろすハヤトをよほど不思議そうに見ていたらしく、堪えきれないように
ハヤトが吹き出した。
「あはは、キール!!変な顔〜」
「‥‥だって君が‥‥」
「うん?」
「突然‥‥」
キールの言葉に一瞬不思議そうにしたハヤトだったが、合点したらしくふんわりと微
笑む。温かな、春の日溜まりみたいな笑顔。そんなハヤトを見つめ、キールは静かに
息を吐き出した。
「ヘンゼルとグレーテル」
「‥‥えっ?」
「お菓子の家」
「ハヤト?」
「‥‥‥俺の世界の童話だよ」
静かに‥‥どこか懐かしそうに呟くハヤトを、とっさに抱き締めるキール。
ハヤトはぽつりぽつりとしゃべりだした。
「甘い甘いお菓子の家でね、魔女は好物の子供達が罠に掛かるのを待ってるんだ」
「‥‥ハヤト」
「お菓子は、子供達の大好物だからね?‥‥お菓子の家で、魔女は子供達が自ら罠に
掛かってくるのを待つんだよ?」
「ハヤト」
キールの声が聞こえないはずはないのに、ハヤトはキールの言葉を聞かずただしゃべ
り続ける。
「‥‥」
「‥‥ただね、罠だよなって」
「ハヤト‥‥」
「そう思って」
やっとキールを見つめ、微笑む。
それは例えば聖母のような‥‥すべてを許す慈愛に満ちた微笑みで。キールは何も言
わず瞳を細める。
「キールは甘い甘いお菓子の家みたいだね」
「えっ‥‥?」
「俺はね、そのお菓子の家を食べようとする子供‥‥かな」
ハヤトの突然の言葉に目を見張る。
「‥‥怒った?」
心配そうに自分を見上げてくるハヤトにと首を振り、自分の考えを頭の中でまとめな
がら口を開く。
「もしも‥‥」
「何?キール」
一度口を噤んで。
再びゆっくりと開く。
「君の言うとおり僕が‥‥お菓子の家なら」
「‥‥?」
「それでもいいかもしれない」
「キール?」
不思議そうに見上げてくる瞳。
それにと微笑んで。
「君が僕の罠に掛かってくれるなら」
「うん?」
よく分からない。と首を傾げるハヤトを再びきつく抱き締め、耳元で囁く。
「君が僕だけを見てくれるなら‥‥これ以上幸せなことはない」
「‥‥‥?!」
「罠に掛かってくれ‥‥、ハヤト」
懇願するように吐き出されたその言葉に、ハヤトがはじかれたように笑い出した。
なんで笑われるか分からなくて、キールはハヤトを見つめる。
「だってっ‥‥もう‥‥キールってば‥‥!!」
「な、なんだい?」
「あのねぇ‥‥罠にだったらもう掛かってるよ。抜け出せないぐらいに」
がらんじめだよ?
なんて微笑んで、キールを見つめる。
「‥‥キールにならね、捕らわれてもいいんだ‥‥」
そう言って微笑むハヤトを抱き締め、キールは微笑んだ。


2016.3/18 再録 如月修羅



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