酔月夜

カラン…。
氷の解けた音で、閉じていた瞳を開けた。
相変わらず月は窓の真ん中ら辺で鈍く輝いている。
「また飲んでいるのか、ガユスよ」
「無粋な奴が来たな…」
酒の入ったコップをドア付近に居るギギナにと掲げ、口元を歪める。
こんなに旨い酒の味が分からないお子様味覚のギギナが来てしまっては、旨い酒もまずくなる。
…小言は聞き飽きた。
「貴様には何度も言っていると思うが…」
「くそドラッケンの、くそ諺はいらん。間に合ってます。だからとっとと今すぐ俺の目の前から消えてなくなれ」
「それは私の言葉だ」
嫌そうに顔をしかめているくせに、ギギナが部屋の中にと入ってくる。
…珍しい。
普段のこいつなら、娼館にでもしけこんでる時間帯だ。
わざわざ此方だってその時間を選んだのだから。
「ギギナ、酒がまずくなる。さっさと出て行け」
「………………」
ギギナの指先が、机の上に載っていた酒瓶を払い落とした。

ガシャン!!

「………………」
「………………」
床にと広がる酒を見つめ、溜め息つく。
本当に腹が立つ。
確かに安酒ではあるが、だからといってこんな風な扱いをしても懐と心が痛まない値段でもない。
じっとギギナも床に広がる酒と、割れた茶色のガラスの破片を見ていたが、その目線がふと窓の外を見た。
…鈍く、輝く月。
「愚かだな」
「……………」
「忘れるために酒に溺れるか」
ギギナの言葉に、口元を歪める。
お前に言われたくはない。
「戦闘に溺れてるギギナに言われたくはないね」
戦うことでしか、自分を証明できないギギナには。
「お前には一生わかんないだろうね」
「貴様にも一生わからないだろうな」
「………俺とお前はしょせん、別のイキモノだからな」
「その通りだ」
目線は二人とも、月にと固定されている。
鈍い…輝き。
何度も月は見てきた。
隣に居る人は…いつも、いつも…代わっていった。
でも、最後に残るのは。

いつもギギナ、で。
多分…あいつもそうなのだろう。

「忘れさせてくれるのか?お前なら…酒に頼らなくても」
「忘れさせて欲しいのか」
その言葉は思いの外優しい。
「やれるものならな」
「証明してやろう。ガユス」






体を這い上がる舌先に体が仰け反る。
ゾクリとする快感。
ギギナの指先は、いつでも力強い。
多分明日には痣になっているだろう指先の強さに逆に安堵が毀れた。
程よく酔いが廻った思考は快感に淡く溶け、喉からは甘い嬌声が零れ落ちる。
耳元をギギナの白い指先が擽るように撫で上げていった。
「ギギナ…」
「ガユスよ、どうして欲しい?」
ニヤリと笑うその表情は獣のようだ。
獲物を追い詰めるようなその瞳に、挑戦的に笑みを浮かべ…肩にと腕を回す。

もっと、深く。
もっと何もかも忘れさせてくれ。

「忘れさせてくれるんだろう…?」
「応」
「なら、もっと…」


もっと、深く。
もっと何もかも…己がなんだったのかさえ忘れさせてくれ。
それが例え、一瞬だったとしても。
月が見せる…一瞬の幻想だとしても。
それを与えてくれるというのなら…ギギナ。


「もっと俺を…」
言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
深く入ってこられ、背を反らせば…腕が背中に回されさらに深くなる。
一つになる。
「ギギナ…っ」
呼んだ名は、どこまでも甘く空気にと溶けた。





月が鈍く輝いている。
床に毀れた酒は、乾いていた。
上着を手に取り起き上がれば、すでに起きていたギギナが此方を見た。
「………………」
「……………」
「いい夢は見れたか、軟弱眼鏡の土台」
優しい声だった。
だから、此方も優しく答えを返す。
「さぁな…」
どこまでも月は鈍く輝いていて。
目を細め見つめれば、ギギナも同じように月を見上げる。
「……………」
「……………」


「…さぁな」
もう一度そう呟き、瞳を閉じた。



2005.10/1 如月修羅

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