毒ノ声

差し出した手をKAITOは取らなかった。
だから半場無理矢理手を取って立ち上がらせて。
隣の部屋へと誘う。
パソコンはあとで取りにくることにして、とりあえず…KAITOをこの部屋から出すことを考えた。
とりあえず…何が必要だろう?
当分はKAITOは動かないに違いない。
そうすると…なんだ、何が必要なんだ。
そういえば何も考えてなかったから、KAITOの部屋なんてないな。
俺ってなんで物事をちゃんと考えてから動かないんだろう…。
「KAITO、とりあえずソファーにでも座ってろ。コーヒーでも入れてやるから」
とはいっても、KAITOは立ったまま。
しょうがないので、さらにソファーまで誘う。
思った以上に白く冷たい指先。
マスターが生きていた頃は、その指先も淡くピンクがかっていたとおもったのに。
本当にボーカロイドというのは、マスターに想いを馳せているのだろう。
マスターのためだけに紡がれる、歌声。
KAITOはぼんやりと未だ空をみつめたままで。
「KAITO、」
あぁ。
きっとマスターも悲しんでいるだろうな、今のKAITOを見たら。
まったく全然違う。
俺が知っているKAITOじゃない。
深い絶望の中にいるKAITOをこれ以上見ていられなくて…。
俺は立ち上がって、隣の部屋にいくことにした。
そうだ、パソコンがなくちゃ何もできない。
「ぁ…」
玄関に行き、靴を履いたところで声が聞こえた。
「………?」
「………どこに、行くんですか」
「あぁ、隣にパソコンを取りに」
振り向かず、そう言いながらドアノブに手をかけたところで、また同じ衝撃。
「?!」
なんで突然こんなに活動的になってるんだ。
というか、なんだ、デフォルトが後ろからのタックルとかそういう機能がついてんのかKAITOには!
ドアにぶつかったおでこが地味に痛い。
じんじんと鈍い痛みを放つおでこをさすりつつ、後ろを振り返った。
「KAITO?」
「嫌ですマスター」
「嫌って言われてもな…ほら、パソコンがなくちゃ、お前のデーターが…」
「嫌です。また、居なくなるんですか」
「………またって………」
「嫌です嫌です嫌です。マスター、いなくなったら、駄目、です」
ぎゅうぎゅうと締め付けられる力が強い。
落ち着かせようと体を動かした途端、ぐっとドアに押し付けられるように押されて、そのままずるずると座り込んだ。
体制自体はどうにかKAITOの方を向くように出来たから、向かい合わせ状態だ。
「KAITO、俺は大丈夫だから、な?」
きっと不安なのだろう。
頭を撫でてやり、安心させるように微笑む。
けれど、ぎらぎらと暗い光を放つ瞳はそんなものでは柔らかくとけることはなくて。
冷たい、冷たい氷のような。
「マスター、行くなら…」
どんっ。
とドアに何かが突き刺さる。
「………っ?!」
「行かせないように、してあげます。マスター」
ふわり、と幸せそうに微笑み、KAITOが手を振り上げた。
きらりと光る鋭い物。
「ちょっ…!?」
慌てて顔を背ければ…つうっと右の頬に痛みが走った。
なんですか、KAITOにこんなカスタムしてたのか、隣の奴!!
一体何に使う機能なの、これ…?!
と混乱しつつ、何か鋭い物を持っているKAITOの腕を掴む。
あまり強い力じゃなかったおかげで、そのまま取り落としたものを拾う。
「ア、アイスピック…?」
なんでこんなもんが…?
と首を傾げた瞬間、粒子になってそれは消えた。
え、やっぱりこれKAITOの付属品なのか…。
「KAITO?」
「………マスター、カイトって呼んで下さい」
「え、え?」
「KAITOじゃなくて、カイト、です」
「か、カイト…」
「はい、マスター」
にっこりと笑ったカイトに、背筋に悪寒が走る。
やっぱり、カイトは壊れてしまったのだろう。


「お前、俺を隣の奴の変りにするつもりか」



マスター、大好きです。


囁かれた声は、毒ノ様に甘く甘く響いた。


2009.9/12 再録 如月修羅

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