壊レタ記憶デ貴方ヲ想ウ

「マスターマスターマスター…」
また、あの声だ。
壊れたレコーダーのように、同じ言葉を永遠と続ける。
少し高い、でもちょっとくぐもって聞こえる男性の声。
ボーカロイドKAITO。
一週間前、俺の部屋の隣の奴が事故にあった。
車とトラックの正面衝突で、相手は重傷…そして、KAITOがさっきから呼んでいるマスターは即死だったそうだ。
一瞬であの世にいけたんだったら、…不幸中の幸いというか…。
俺だったら即死がいいな。どうせ死ぬんだったら。
「マスターマスターマスター…………」
身寄りが誰も居なかったらしい隣の奴の葬式は出されず、契約が切れる明日には…
多分隣にまだいるKAITOも、スプラッタにされるかアンインストールされて中古に回されるかのどちらかになるだろう。
そう考えれば、まだこうやって聞こえるこの声も我慢できるさ。
………我慢、ね………。
自分で想ったその言葉に、苦笑を零す。
「マスター…」
不自然に声が途切れた。
…なんだ、とうとうバッテリー切れか?
いや…ボーカロイドなんていう高価なもんをもったことがないからな。バッテリーで動いてるのかなんて知らないが。
今までなかった出来事だから…ちょっと流石にびびる。
立ち上がり…隣の部屋の方の壁に耳を押し当てるが、なにも分からず。
いや、分かったらそれはそれで怖いな。
ちょっと戸惑ったけれど、ボーカロイドは別に人に危害を与えるものではない。
何度か顔をあわせたこともあるし。
というか、何度かKAITOが作ったという食事のご相伴に預かったことがあるぐらいだ…なんというか…そうだな。
ものすごく、後味が悪い感じがするわけだ。
別に俺は何一つ悪いわけでない。
けれど…人間の都合で、彼は消されたり、必要とされる…それが可哀想で。
…きっとKAITOはここまで想ったマスターのことを忘れさせられるのだろう。
壊れたように…いや、実際壊れてしまったのかもしれない。
こうやってずっとずっとその名を呼んだことすら忘れて、また…新しいマスターの元で歌うに違いない。
…歌えたら、まだ幸せかもしれないが…ひょっとしたら…壊されてしまうかもしれないわけだし。
あぁぁぁぁ!!!!!!もう!!!!!!!!
そうだ、結局は俺は気になるわけだ。
KAITOが!
だってそうだろう?確かにボーカロイドだ。人間じゃない。
けれどどこまでも彼らは人間そっくりで。
気にならないほうが可笑しい。
「しょうがない…行ってみるか…」
鍵が閉まってれば、そこまで、だ…。




チャイムを鳴らしても、なんの音もしなかった。
…聞こえていないのだろうか。
ガチャリとノブを回して引けば…ドアが開いて。
「………おーい………?」
なんと声をかければいいのか分からず、凄く間抜けな呼びかけ。
なんだよ、おーいって一体なんなんだよ。
自分に突っ込みを入れつつ、どうしようか悩む。
一応…入っても…平気、かな…?
「お邪魔…してもいいですかー?」
だから、俺はさっきからなんなんだ!
自分に突っ込みをいれ、とりあえず…そっと玄関に入る。
ドアを閉めようと体を反転したところで、どんっと体に衝撃が走った。
「…?!」
「マスター!やっぱりマスター、帰って来てくれたんですね!」
「ちが…?!」
嬉しい嬉しい!
ときつく体を締め付けられ、どうにか体を戻し…引っ付いているKAITOの髪を引っ張る。
「KAITO!」
「…………?マスター?」
顔を上げたKAITOが、不思議そうに俺をみた。
「…どうしたんです?マスター」
「ちょっとまて、俺は隣の家に住んでる北村だよ。何度か会っただろ?」
「………マスター?」
「だからマスターじゃないってば。KAITOの声が聞こえなかったから…ちょっと見に来ただけで」
前見たKAITOは満面の笑みを浮べていて、青空の下でみたらきっとどっかのCMみたくなるんだろうなーっておもっていたんだが…。
今日のKAITOはそんな面影などまったくなく。
目の下には隈があり、目は淀んでいた。
せっかくの青い綺麗だった瞳が…まるで…深い水底のようで。
綺麗だったのに…と緩んだKAITOの両腕から離れ、そっとその瞳の縁を辿る。
「…………ますたー、は?」
「残念だけど…もう、二度と」
あえないよ。


「あ、あ あ゛ あぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」



両目に涙を浮かべ。
苦しそうに髪を両手で掴んだKAITOが。
壊れたんだろうか。
壊れてしまったんだろうか…。
不協和音を奏でる。

ボーカロイドにとって、マスターは唯一のものなのだと聞いた。


「なぁ、お前さ…記憶そのまんまで俺んとこくる?」
「・・・・・・・・」
壊れてしまったかもしれない。
もう言葉もなくKAITOはただただ涙を流していた。
「そうすれば、お前はずっと記憶の中のマスターを忘れないですむよ」
「・・・・・・・・」
「まぁ…全部忘れてしまいたいっていうんなら…明日にでも、どうせお前は業者に引き取られるしな」
どっちがいい?
と聞けば…KAITOの指先がパソコンを指した。
「………了解」
機能の一つに、メインマスターとサブマスター機能がある。
普通ボーカロイドはマスターの指示に従う。
そして通常ならマスターは一人だ。そうじゃないと混乱するから。
けれど…ボーカロイドはそんなに安いものじゃない。
そのためか、会社で一体…ということも珍しくない。
そんなときに、マスターが一人だと大変なため複数のマスター登録が必要になる。
時々子供に持たせる親もいるから…そんなときでもこの機能は活躍するらしい。
通常時はメインマスターの命令を実行するが、非常時や切り替えなんかをしたときはサブマスターに命令権利が移行する。
こんなときに役立つ機能だよなぁ…。
「パスワード認証OK…っと」
………なんでこんなことを知っているかといわれれば、何かあったときのために………。
と半場無理やりにここのマスターに言われていたからだ。
勿論、俺に拒否権はあったさ。
……………KAITOの声が聞こえなければ俺は放置していただろう。
「登録完了、これからよろしくな、KAITO」


振り返った先のKAITOは、ただただぼんやりと薄暗い青い瞳を…天上に向け座り込んでいた。





2009.1/12 如月修羅

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