過去話
両親はエンドブレイカーで。
マスカレイドを追いかけては村や街を行き来し、時には階層を移動し。 そして生まれた子供たちは、生まれた場所で知り合い、そして子供を望む人に託していた。 勿論連絡手段と、年単位で教育費やらなにやらは送られてきていたようだが。 そこの所は詳しくわからないが、少なくともそう養父母に教えられた。 養父母はエンドブレイカーってなんなのかしらね?とおっとり微笑んでいたが、そんなもの、自分も知るわけがなく。 時折書かれてある手紙に、また兄弟が増えたのなんだの書かれてあったりして、まだ見ぬ兄弟に思いを馳せたりしていた。 『フェイ君は、寂しくないの?』 『…寂しくないですよ』 『子供はねー無理しちゃ駄目なんだよ!』 隣に住む6歳年上のお姉さん、アンジェ。 彼女はそう言って、よく自分を構ってくれた。 同じ魔想紋章士の先輩としても、尊敬できる人で。 魔想紋章士として学者をしている養父母はとても聡明で、厳しい人たちだった。 勿論優しさもあったけれど、無条件で甘えられる存在ではなく。 無条件で甘えられるアンジェは、自分にとって、お姉さんというより母親のような存在だった。 両親の言う、エンドブレイカーという存在がなんなのか知ったのは、8歳の時。 アンジェと共に街の外れにある紋章を読み取っている時だった。 まだ読み解けない自分に、アンジェは優しく教えてくれていて。 だから…反応が遅れた。 気がついたときには、バルバに襲われて。 『アンジェ姉さん!』 『フェイ君!』 腕に傷を負いながら、アンジェが自分を庇い、紋章を描きだす。 元々そんなに強い個体じゃなかったのだろう。 決着はあっさりとついて。 『……ごめんなさい、ごめんなさい…っっもっと強ければ…っ!』 傷を手当てしながらそういえば、アンジェが微笑む。 『強く、なりたい?』 『強くなりたいです』 『じゃぁ……』 “ガーディアンに、なってくれるかな?”
今回の傷と戦いが、どうアンジェに影響したのかはわからない。
ただ、それがきっかけでアンジェはスカードとして目覚めたのは確かで。 お互い、マスターとガーディアンという関係がどういうものなのかもあまりわかっていなかった。 ただ、でも守りたいと思った。 守ってくれたこの人を、今度は自分が守ろうと思ったのは確かで。 ……優しい気持ちで、守りたいと、誓った。 それから7年。 15歳になったときだった。 『結婚しようと思うの、フェイ』 淡い茶色のウェーブ掛かった髪に、優しい微笑を口元に載せながら、マスターがまるで睦言を紡ぐように言う。 『おめでとうございます、幸せにアンジェ』 心からマスターの幸せを願っていたから、すんなりと言葉が出た。 『ありがとう。……ねぇフェイ』 『はい』 『私たち、とてもいい関係だったわね』 『そうですね』 『契約は、解除しましょう』 『……』 言われると思っていた。 旦那さんになる人は、自分たちとは違いイノセントの人で。 しかも、自分よりも数倍もレベルも高かった。 この人ならば、マスターを任せても大丈夫だと心から思った。 『7年の間に、色々エンドブレイカーとしてお互い学んだわね』 『はい』 『とはいえ、お互い学者になるための勉強の方で大変だったけれども』 くすくすと笑いながら言うマスターは、ちょこんと自分の額をつっついた。 『あと、フェイは恋愛ごとにも色々お勉強熱心みたいだけどね?』 『……どうでしょう?』 『…早くフェイにも「たった一人」が現れますように』 『……』 アンジェの言うことはほとんどが正しかったけれど。 その言葉だけには頷けなくて曖昧に笑いを零す。 『貴方の次のマスターが』 『……?』 『心から、貴方を必要としてくれますように』 『アンジェ』 『……ごめんね。卑怯だよね。今更こんなこと、言うなんて』 『アンジェ……』 泣きそうに歪められた瞳を、微笑みの形にしてあげられないガーディアンなんて。 そんなもの。 『私では、貴方を心から笑わせてあげることができませんでした』 『……』 『お互い様、でしょ?』 『フェイ』 肩を振るわせたマスターに、手を伸ばしてあげることもできずに、微笑む。 『でも、心から幸せになって欲しいと願っているんです。それは本当です』 『うん、私もそうだよ、フェイに幸せになって欲しいし…それに』 『はい?』 『今度こそ、フェイのマスターとして自覚を持って…そして、共に過ごすことを出来る人が居ることを願ってる』 『……そうですね』 『もっともっと知ってれば、私だって慎重だったのに』 『アンジェ』 『貴方に力を与えながら、居場所を作ってあげれなくてごめんなさい』 貴方は確かに私の理想でした。 けれど、理想はあくまでも理想なだけであって、現実にはならなかった。 そして…自分もそれを望まなかった。 『貴方だけが悪いわけじゃない』 とてもいい関係だった。 それは嘘じゃない。 ……逆を言えば、いい関係過ぎたのだ。 それぞれの本能が、「このままずっと続けばいい」と言えない位に、「いい関係」過ぎた。 長い人生、きっとこれでは駄目だと気がついてしまった。 お互い納得しての契約解除だった。 ……その後、アンジェはスカードからヴァルキリーになったようで。 初めて本物の青空を旦那さんと見て、また新しい気持ちに目覚めたのだと、笑ってくれた。 それからは、学者になるための勉強をしながら過ごし。
そして…18歳になった其の日。 『そろそろお前も新米学者として世間を見てきてもいいかねぇ』 養父母が許可を出してくれた。 新しい都市に行けば、なにか変るかもしれないとランスブルグをでてアクスヘイムへと行く商人たちと行動を共にした。 新しい都市は色々発見があって楽しく、一年なんてあっという間だった。 19歳になったあの日。 「貴方に出会ったんですよ、スカイ」
「あぁ…出会っちゃったんですね、最悪です」 腕の中に抱きしめたマスターが心底嫌そうにそう言う。 最初はただ「食べ尽くして」しまおうと思っただけだった。 自分好みのこの子供を。 でも、共に過ごすうちにこの子に巣食う闇に気がついた。 「食べ尽くす」だけでは物足りないと思った。 (……満たしてしまいたい) そのぽっかり開いた闇を自分の全てで塞いでしまいたいと。 (私だけのことを考えて、思って、願って、求めて、愛して、私のことだけで微笑めばいい)
「いつまでひっついてるつもりですか、邪魔です」
「いつまででしょうねぇ…」 「邪魔です」 レギオスブレイドが発動される前に腕の中から解放しながら、微笑む。 (デモンを其の身に飼う貴方よりも、よっぽど私のほうが)
(…アンジェで満足できないはずですよね、私は) |